「あらゆるものをイベントに!」渋谷のイベントハウス型飲食店

【 イベントレポート 】

水族館プロデューサー中村元 presents 『中村元の超水族館ナイト2018夏 〜ラッコの道標〜(vol.30) 』ライブレポート(18.06/17開催)

2018年09月25日

【 前半の部(第一部)より 】

 

テーマトークがスタート!
前半トーク開始

 

ラッコブームの仕掛人・中村元

冒頭に書いたように 1983年に鳥羽水族館にラッコがやってきました。

中村さん
「その1年前に僕は1回目の結婚をしました!」

テリーP
「その情報、別に要らないです…。」

客席:(笑)

中村さん
「まぁ、要するに相当に若かったってコトですよ!まだ入社2~3年目やったからね!」

自身が展示プロデュースした水族館を次々に人気爆発させている中村さんですが、もうこの当時からバリバリの ”策士” だったようで、聞けば、日本で最初にラッコの展示を行ったのは三津シーパラダイス(1982年10月)なのだそうです。あれ? 鳥羽水族館ではない…!?!?

中村さん
「鳥羽水族館にラッコがやってきたのは、三津シーパラダイスにラッコが入った4ヶ月ぐらい後でした。それで、どうしたのかと言うと 『わくわく動物ランド』 に 『今度、鳥羽水族館にラッコという動物のが来るんやけど、ウチより先に三津シーパラダイスにも来んねん。でも、そこに取材に行かずにウチのラッコを一番に紹介してくれたら独占取材させたるわ!』 と伝えたら、分かりました!決まりです!ってね(ニヤリ)」

テリーP
「中村さん、悪いことしてるなぁ~(笑)」

中村さん
「番組では三津シーパラダイスにラッコが入ったことには一切触れずに 『鳥羽水族館にすごい生物がやって来ました、ラッコです!』と放送してもらいました。あの当時、日本国民の殆どがラッコは鳥羽水族館が一番最初だと思い込んどったな!」

 

ラッコブームの仕掛人 (ドヤ顔)
ラッコブームの仕掛人

 

ラッコはたちまち話題となり、1983年4月に日本で初めてのラッコの赤ちゃんチャチャが誕生すると、日本中が空前のラッコフィーバーに沸きました。

中村さん
「いや、でも、なんでそんな仕掛けをしなくちゃならなかったのかというと、僕自身もラッコという動物をその時に初めて知ったワケです。それどころか、鳥羽水族館のスタッフですら誰もラッコを知らなかったんです。水族館に勤める海の生き物の専門家ですら知らないんですよ? それを一般の人たちに伝えなくちゃならない。これは難しいよ…。」

今の時代なら動画に録ってSNS投稿することで情報を広く拡散できますが、当時はそんな事ができるワケもなく…。中村さんが採った戦略はテレビの力を借りて、まず ラッコが貝を割る行動 を映像でバンバン流して視聴者を驚かせること。次にあらゆるメディアを使って ラッコの表情や仕草の可愛らしさ を最前面に出してアピールしていくことでした。

 

ラッコブームの仕掛人が
80年代の特大ラッコブームを振り返る
中村さんのラッコトーク

 

中村さん
「そんなワケでラッコの 写真もいっぱい撮りました。実は、誰が見ても 『可愛い!』 と思えるラッコが撮れるのは水族館がオープンしてる時間の内のほんの短い時間だけなのよね。お腹の上で貝を割る仕草は映像で見ると可愛いけれど写真にすると止まって見えるから伝わりにくい。しかも、割ってる最中は 『はよ食いたいぞー!』 と必死だから凄く怖い表情してる(笑)。あと、泳いで海水で体毛がベチョベチョの濡れ鼠状態になっている時も全然可愛くないんです。」

テリーP
「でも、ラッコの可愛い写真っていっぱい見た気がします。」

中村さん
「うん。だからラッコが可愛いく撮れる時間って決まっているんや。ラッコは餌を食べた後にグルーミングをします。その直後がシャッターチャンス! 」

ラッコにとってグルーミング(毛づくろい)は非常に大切な作業で、まず餌の脂を落として体を清潔に保つこと、そしてアンダーファーに空気を入れて冷たい海でも生き抜ける保温力と浮力を得ます。そのファーに空気が入ったフワフワ状態のラッコが ”超可愛い” のだとか。中村さんが昔に撮ったというラッコの写真を著書「ラッコの道標」より紹介してくれました。

 

可愛いラッコ写真を撮りたければ
餌の時間の30~60分後が狙い目!
ラッコの道標からラッコ写真を紹介

 

貝殻をオモチャにするチャチャ
ラッコ写真1

 

グルーミングで超フワフワ化
ラッコ写真2

 

まさに生けたヌイグルミ
ラッコ写真3

 

高齢になるにつれ顔が白くなる。
ラッコは高齢の方が可愛く見えますね。
ラッコ写真4

 

ラッコブーム当時はフィルムカメラの時代なのでフィルム1本36枚(或いは24枚)しか撮れません。使用するフィルムで ISO感度 が決まり、高感度フィルムは粒状感が目立つため中村さんは ISO400 まで撮影を行っていたそうです。もちろん現像するまで上手く撮れたかどうかも分からない。ラッコの撮影にはかなり苦労したようです。