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【 イベントレポート 】

祝!20回! 水族館プロデューサー中村元 presents 『中村元の超水族館ナイト2015春 ~第20回:常識はずして生き残れ!~』ライブレポート(15.2/21開催)

2015年03月06日

【前半の部より】

1.「常識」ってなんだろう?

さて、20回記念の”儀式”が終わっていよいよ本編へ。

中村さん
「今の日本に定着している”常識”っていったい何やろね?」

こんな問いかけから前半のトークが始まった。

戦後、大きな経済発展を遂げた日本。
それは日本の教育が良かったからと言えるのだが、
その教育システムは当時ヨーロッパで行われていた
立派な国や軍隊を作るための教育を採り入れたものであった。
「全員が同じことができるようになること」を目標とした教育。
これによって日本は高い生産性を実現し、先進国の仲間入りを果たした。
この教育システムは今も日本の教育の核となっている。

それ自体は決して悪いことではないのだが…。

中村さんが指摘したのは、
近年、この「全員が同じことができる」という日本の教育に
ある種の権利者意識みたいなものが芽生えて
「みんなができているのにウチの子だけできないのは可哀想!」
「ウチの子も遅れないようにしてくれないと困る!」
などと訴える親や教育論者が増え、盛んに
「平等!」「平等!」「平等!」と叫ばれるようになってきた事。

その顕著な例として最近の小学校の運動会が挙げられる。
大差でビリになる子が出てしまうと可哀想だからと
事前にタイムを測定して似たタイムの子同士で走らせることで
差をつけないように「みんな平等に」ゴールさせるらしい。

中村さん
「はっきり言ってこの世の中に平等なんてないよ!
もちろん権利は平等に持っているのだけれども、

生まれた時から人間は不平等です!
北海道に生まれるのと東京に生まれるのでは
生活スタイルが全然違うし、
兄弟姉妹がいるいないでも全く異なる。全部不平等や!」

”平均化された平等”を求める風潮がある…と
力説する中村さん

親が”平均化された平等”を求めれば
教える側も自然と”平均化された平等”を求めてしまう。

算数や理科が大好きだけれど社会が嫌いな子が
学校の試験で算数と理科が100点、社会が40点だった時、
周囲の大人達は算数と理科はやらなくていいから
今は社会を一生懸命に頑張りなさいと促してしまう。

中村さん
「嫌いで苦手な社会の勉強しているうちに
大好きな算数や理科に時間を使えなくなったら
その子は得意な分野で伸びていけないくなってしまう。
将来ノーベル賞を取れたかも分からんのに…。」

中村さん
「100点以上がないと思ってしまうのがアカン!
学校の試験は100点が上限だけれど
その子の人生には200点300点それ以上があるんです!」

運動会の話に戻るが、足の速い子はそれだけで
学校や町内会の大ヒーローになれた。そしてそれは
「誰にでも分かり易い嫌味のないヒーロー」であると言える。

足の速い子がヒーローになれる学校でなくなってしまったら
「私はピアノが弾けます!」、「私、習字が上手です!」といった
特定の分野に秀でた才能を持った子たちが
小さなヒーローにすらなれなくなってしまう…と。

平均化されたの平等(常識)を求めたがる最近の傾向を
中村さんは「それはアカン!間違っている」と語気を強める。