出版が遅いなんて誰が決めたっ!世界最速雑誌!瞬刊Realtime!創刊号ライブレポート。(2009/9/5開催)
2009年10月27日
「村上春樹」というマーケット
例えば、街行く人に「村上春樹は好きですか?」というアンケートを行ったとする。
もちろん場所や年齢層には大きく左右される訳だけど、この場合、
「知名度・発行部数・新刊にまつわる話題性」などをざっくり見積もって、
上手くいけば5割程度の人間が「好きだ」と答えてくれるかもしれない。
そして、もしこれが本当ならば、かなりの高打率と言えるだろう。
では、質問の内容を変えて
「自分の老後に不安を感じた事はありますか?」と聞いてみたらどうなるだろうか?
場所や年齢に関係なく、恐らくは6割、ひょっとすると7割の人が
「Yes」と答えるんじゃないかと私は思う。
もちろん実際に行ったアンケートでない以上、私がこれを断言することは出来ない。
だが、胸に手を当てて考えて欲しい。「村上春樹」と「自分の老後」、
貴方ならどちらに重りを乗せますか?
この問いかけにうっかり答えてしまった人間ならば、
上記の数字がどれ程リアルなものであるか、お分かり頂けただろう。
そしてこれが、「国民にとっての最大の関心事は村上春樹でもyoutubeでも、
ましてや酒井法子でもない。自分の老後と今後の社会保障だ」という結論を
意味している事は、もはや言うまでもない事実である。
開演前の様子。一種独特の緊張感に包まれている。
雑誌という時間軸
出版社を始めとした様々なメディアが経営に苦しむ中、
その内側に席を置く人間は「本を読まない人間はいるが、
年を取らない人間はいない」というかつてない程の難題に直面している。
不況という事態が招いた、不安定な社会保障。
仮に今が好景気だったとしたら、人間はもっと娯楽に対して
寛容なスタンスで臨むだろうし、今回のイベントだって
もう少し形を変えていたかもしれない。
いや、そうではない。
そもそも、この様な無謀な計画を立てること自体が、
酒の席での笑い話としてその役目を終えているはずだったのだから。
結論から言うと、この度開催された
「編集会議から製本に至るまで、その全てをライブパフォーマンスとして
観客に見せていく。しかも、3時間という制限時間つきで」というこのイベントは、
前述した「本を読まない人間はいるが、年を取らない人間はいない」という問題に対し、
非常に有効な手段だったと私は思う。
業界の外側にいる人間にとって、「雑誌が3時間で出来る」という現実は
完全に理解の範疇を越えている。
会場内につくられた「制作現場」。真剣な空気が終始漂った。
しかし、次の瞬間「やると言ったら、やるのだろう。出来なかったら
イベントなんて打たないだろうし…」という歩み寄りが起こる事で、
オッズは一気に変動を来すことになる。
「出来るのか、それとも出来ないのか?」という、
ある種のギャンブル性を孕んだ3時間の物語は、
それを見つめる人間にとっては「筋書きのないドラマ」だ。
心地よい緊張感に包まれた会場の中で、関係者以外、
誰一人として「出来る」とも「出来ない」とも断言することが適わない状況と、
時間の経過によって明らかにされる勝敗という結末。
結末の見えないドラマの幕開けです。
これが「老い」に対して有効だという考察を支えるアナロジーは、
例えば「サッカーW杯における本選出場決定戦」や
「巨大スクリーンに映し出される、最新のCG技術をまとった
アクション超大作」などによって裏付ける事が出来る。
例えば、「この一戦で全てが決まる」という試合の
「後半の残り時間ラスト5分、スコアは1-1」という緊迫した状況で、
サッカー好きなら興奮を覚えない者はいない。
そして、「期待」と「不安」に彩られたこの素晴らしい5分間は、
時として、実際の時間軸とは関係なく、果てしなく長いものとして感じられる事がある。
つまり、適度な緊張が生み出す興奮という心理状態によって、
時間とは自在に伸縮するものであり、そして、この状況において人間は、
少なくとも「自分が年を取っている」という事実を完全に忘れる事ができるという話だ。
端的に言い換えれば「ドキドキするほど楽しい時間は、人間に実時間と
優先順位を忘れさせる」という娯楽の構造は、映画や音楽といった
時間と密接に結びついている芸術においては、古くから論じられている。
表紙イメージ。果たして完成することができるのか?
しかし、少なくとも雑誌というメディアにおいて、この手法が投じられた
過去があるという事実を、私は耳にした事がない。
企画と立案。修正と頓挫。聞き手と話し手。グラビアと小説……。
出版における全ての要素を盛り込んで行われた今回のライブは、
十二分にこの手法を活用し、恐らくは、世界で初めて速さを目的とした
雑誌によるライブパフォーマンスとして、その歴史に刻まれる事になるだろう。
瞬刊による瞬間のコンテンツ
さて、今回このパフォーマンスのために、特別に練られたコンテンツに
関して触れておきたい。「瞬刊」という特殊な状況下において、
如何にしてスタッフが知恵を絞りこのイベントに盛り込んだかという足跡が良く伺える。
ニコニコ生放送でノベル実況に挑戦し、webというメディアを
積極的に活用している事で知られる小説家・渡辺浩弐さんによる「ノベライブ」。
渡辺浩弐さん。
制限時間20分という制約の中で、
「web上でのリアルタイムショートショート」といった形で、
twitterの140字文化の可能性を見事に披露し、
最後には長文のアイディアスケッチまで仕上げてしまった手腕には、
会場からも惜しみない拍手が送られていた。
リアルタイムにショートショートをくみ上げていく。
「小説ってオチをはずすとクイズになる。
本とか雑誌でやると『オチの部分をページで伏せといて、
考えるまでめくらせない』なんて出来ないんですけど、
ネットとかライブチャットだとそれが可能なんです。
短いものに、如何にして広いオチを詰め込むかっていう
ショートショートなんかは、twitterみたいなツールには向いていると思う」(渡辺)
web上で執筆をする渡辺さんに、ログインしている参加者が自由にツッコミを
入れるという制作風景は、イベント中、最も「ネットとリアル」を行き来する
様子が顕著に現れた瞬間だった。
また、こちらも同様に制限時間20分という強行スケジュールで行われた
グラビア撮影では、カメラマン・堀隆弘さんと、「アイドル墜落日記」の著者であり
ライターアイドルの小明さんが、プロの業を持ってして流石という仕上がりを見せる。
小明さんとカメラマンの堀さん。
もちろんライブという事で、撮影中も常に喋りながらのポージングという
状況に関わらず、臨機応変に動き続ける小明さんと堀さんのカメラワークは
「瞬刊」というに相応しく、すばらしい内容となっている。
会場の中や外もフルに使い撮影されました。
そして、なんと言っても極めつけは、ネットによる生中継で
「画力テスト」を披露した西原理恵子さんだろう。
ネット中継で登場!西原理恵子さん。
与えられたお題に対し、西原さんがイラストを書き込んで、
参加者がweb上でツッコミを入れるというスタイルで行われ、
会場を大いに盛り上げた。
それでは、お題ごとに西原さんのコメントをまとめてみたので、お楽しみ下さい。
1)鳩山由紀夫と小沢一郎
「え~と、鳩山いちろうはですねぇ…」
「よその国みたいに、政権交代したら粛清すべきですよね。結局また同じ喧嘩が起きるんだから」
「あの(鳩山の)嫁、怖いよねぇ~」
2)エヴァンゲリオン
「裸同然のスーツを着た、あのトチ狂ったやつ?」
「巨神兵と被る」
3)アポロ11号が月面着陸で旗を立てるシーン
「私事ですが、アポロは月に行ってないと思います」
「だってディスカバリー号があれだけ苦労して大気圏だよ?何で着けるのよ?」
4)EXILE
「辰吉みたいなんが一杯おるよね?頭悪そうな…」
「あんなハナクソみたいな男…。東方神起の黒い奴やろ?」
と、西原節を撒き散らし、〆のコメントでは
「何のイベントなんですか?」という一言で笑いを取る。
因みに会場に来れなかった理由は、
「小学校のお祭りで、カキ氷屋のおばさんをやってたから」。
……流石ですね。
他にも話題の漫画家による大喜利など、
即興によって生まれるコンテンツが紙面に並び、
作家としての底力が試される場面に会場が沸くという、
健全なイベントとしての側面にも行き届いた配慮が成されていた。
そしてイベントも中盤、リアルタイムインタビューのゲストとして
登場したフリーライター・永江朗さんの発言が、
結果として非常に象徴的なものとして会場に届けられる事となった。
永江朗さんと、小明さんによる出版対談の様子。
「本作りって、出版社のコンクリートの中で秘密裏に行われている感じがして……。
一般の人は、それを覗きたいと思うんですよね。
編集者がどんな顔で、どんな生活をしているのか?
知りたいけどなかなか公開されないし、出版社の人間だって、
自分たちが知りたいと思われてる事に気がついていない。
だから、失敗もトラブルも、全部ひっくるめて見せていく。ビジネスはその次です。
この箱の中では赤字でも、ここから生まれるものが商品になるかもしれない。
じゃないと、本当は出るはずだった芽を摘み取ることになりかねないもの」(永江)
この日、華々しく創刊号として迎えられるはずだったこの雑誌が、
神保町の小学館からお台場のこの店に届けられたのは、
残念ながら深夜の23時を過ぎての事だった。
スタッフがタクシーで印刷所から運びました。
失敗やトラブル。多くの混乱によって、
開始から6時間経ってようやく届けられた「瞬刊!Realtime」は、
スタッフを含め40人の証人に見守られる中、
当初の予定よりも小さな一歩を踏み出す事となる。
時間は23時。このとき残っていた観客は15名ほど。
みんなで製本。
ホチキス留めも自分で。
完成したら、みなさん思わず見入っていました。
しかし、少なくとも出版社の中を覗きたいという欲望と、
ライブというエンターテインメントが織り成すこのイベントは、
「ここから生まれる商品価値」を信じた人間によって、もう一度開催されるだろう。
そして、いつの日か「世界最速の季刊誌」としてギネスブック公認の
称号を得た時、初めてのスポンサーを向かえ、黒字への第一歩を
踏み出すかもしれない……。
なんて事を少しでも考えてしまったのは、きっと私一人ではないはずです。
取り敢えず、当面の目標は「世界まる見え!テレビ特捜部」にて、
ビートたけしにコメントを頂くという所から始めてみませんか?
(淺沼匡/ライター)