未体験の驚きと感動、新たな芸術 新世界『透明標本』 冨田伊織トークショー・ライブレポート(11.12/24開催)
2012年01月08日
今、話題沸騰中の『透明標本』。
元来、タンパク質を酵素により透明にし、
硬骨を赤紫色、軟骨を青色に染色するという
骨格研究手法として使われてきたものである。
この『透明標本』の究極の美しさを追求し、
生命が創り出す造形の素晴らしさを伝える作品として、
或いは生命哲学のひとつの扉として、
新しい価値観や世界観を創出しているアーティスト、
それが新世界『透明標本』を展開する冨田伊織である。
サイエンスから芸術・デザインの世界まで
幅広い分野からの注目を集める冨田伊織の
”初のトークショー”がついに開催!
カルカルが透明標本の美しくも不思議な世界に包まれた。
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【展示紹介その1】
トークショーの内容をお伝えする前に
まず冨田さんの作品をいくつか見て頂きたい。
カルカルに入場した途端、
沢山の透明標本の展示が視界に飛び込んできた。
手足の生えたオタマジャクの標本が特に目を引いた。
成長の過程が非常に分かりやすい。
ヒレの部分に沢山の軟骨があることが分かる。
開演前にイベント限定メニューのドリンクを注文!
軟骨を染色する時に使う赤紫の染料の名前を冠した
イメージしたカクテルだ。
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【第1部】
新世界『透明標本』の冨田伊織さん
(司会進行:小原 賢)
1)透明標本とは?
もともとは小さな生物の骨を調べるために
生物科学系の研究者が確立させた標本作製手法の一つ。
ある程度の体の大きい動物であれば
骨格標本を作ることはそれほど難しいことではないが、
小さな動物の骨格標本を作るとなると非常に困難を極める。
また、骨だけを調べるのであればそれで良いが
筋肉や臓器の付き方までを併せて調べようとすると
従来の骨格標本では情報がいかにも不十分である。
そこで、研究者は硬い骨(硬骨)を赤紫色に、
軟らかい骨(軟骨)を青色に染め、
肉を透明にする薬品を使うことによって
生物の形をそのままに肉も臓器も付いた状態で
しっかりと骨格を見ることが出来る
”透明骨格標本”なるものを生みだした。
数十年前には既に研究に使われていた。
但し、研究者たちは見たい場所だけが見られれば良く、
また、研究を一刻でも早く進めていくために
標本作りに多くの時間を割くことはできなかった。
つまり、透明標本自体は昔からある手法であるが、
あくまで研究の一手段であり、長い時間をかけて
じっくりと美しい標本に仕上げていくという努力は
これまで誰も行ってこなかったのである。
冨田さんはこの透明骨格標本を
研究資料としてだけではなく作品・アートとして、
1つの作品に数ヶ月から1年の時間を費やし
美しく仕上げることで新しい世界を生みだしてきた。
それが新世界『透明標本』である。
冨田さんが3年半ほど前に活動を始めるまでは
ごく一部の研究者しかしらないマニアックな標本であったが
冨田さんのデビューとともに静かなブームを呼び、
今、ここに来て一気に大ブレイクの兆しを見せている。
小原「あ!イカも染まるんですか!?骨ないですよね?」
冨田「意外でした!なぜか染まるんですよ!」
イカの体内には軟骨と同じ成分が含まれているらしく
このように全身が均一に美しい青色に染まるとのこと。
なお、冨田さんの作品を良く見ていくと
赤紫、青、透明の部分以外に白く染まっている箇所がある。
実は脂の部分は透明化しきれずに白く残ってしまうらしい。
同じ種類の魚を全く同じ条件で作品に仕上げても
脂の乗り方によっては見た目の全く違う作品が出来上がる。
透明標本はまさにその生物の状態を映し出す鏡なのである。
2)冨田さんと透明標本との出会い
冨田さんが透明標本と最初に出会ったのは
学生時代の授業中であった。
当時、北里大学水産学部の学生だった冨田さんは
キャンパスのある岩手県大船渡市で
鮭の研究をしたり、実習で漁に出たりしていた。
ある日、大学の授業中に透明標本が回ってきて
「こんな凄いモノがあるんだ!」と衝撃を受けた冨田さんは
透明標本を作らせてくれそうな研究室を探し出し、
先生に「透明標本を作らせて下さい!」と頼み込んだと言う。
そこから透明標本に没頭する日々が始まった。
方法は誰も教えてくれないので
自分で文献を調べるなど試行錯誤を繰り返し、
卒業までになんとか基本的な作り方を修得…!
3)アーティスト・冨田伊織がデビューするまで
大学卒業後、東京の会社に就職するが
なかなか都会の生活に慣れずに僅か1年足らずで
岩手に戻り漁師の仕事の見習いを始めた冨田さん。
漁師の見習いの給料は3~4万円程度で
貧乏な生活であったが自分の時間は持つことができたので
その時間を利用して透明標本作りを続けていた。
そんなある日、友人から
「ミクシィをやってみないか?」と誘われ
どうせやるなら「透明標本を知ってもらいたい」と考え
新世界『透明標本』のハンドルネームで登録。
その中で様々な反響があり、色々と聞いていくうちに
「デザインフェスタに出展してみたらどうだろうか?」
との声があり、3年半ほど前に
透明標本を引っ提げてデザインフェスへ初参加。
結果はブースに入りきれないほどの人・人・人…!
これを見た冨田さんは
「自分が好きな透明標本は皆も好きだったんだ!」
と確信し、この活動で生活をしていく決意を固め、
その日のうちに漁師見習いをやめたという。
アーティスト=冨田伊織、誕生の瞬間であった。
晴れて”透明標本のプロ”となった冨田さんは
新世界『透明標本』をブランド名として掲げて活動を展開。
今日に至っている。
4)新世界『透明標本』の作り方
まず [1]ホルマリン漬けの標本を用意する (ここがスタート!)
ホルマリン標本の段階で形を整えておく。
魚であれば鱗を取ったり、ヒレの形を整えたり…。
次に[2]ホルマリン標本をアルコール標本へと置換する。
ホルマリン標本に直接染料を作用させるよりも
アルコール標本にしてから着色した方がキレイに染まるらしい。
一般にホルマリンは徐々に酸化してギ酸を生じるので
生物の組織を侵食しやすく長期保存性に難があると言われる。
また、ホルマリン自体が刺激性で毒性のある薬品なので
購入者の安全性面も考慮するとアルコール置換した方が
より安全で美しさも長持ちすると言えそうだ。
液温は酵素が最も活性化する30~40度に保つ。
ここでタンパク質が分解され透明化が進んでいく。
更に透明化が促進され、そして、ついに…
作品が完成!!
透明標本を作る工程自体は比較的シンプルであるが、
液の濃度や浸漬時間、温度管理など生物の種類・状態に応じて
最も適した条件を見つけていかなければならず、
すぐに結果が分かるものでもない為、
実際に作ろうとすると非常に根気のいる作業となる。
小原「今後、作品にして見たい生物ってありますか?」
冨田さんが挙げたのは
アカグツ、マツカサウオ、ウミグモ、カスザメ…など。
発光魚としても有名。
鱗が非常に硬くトンカチで叩いても潰れないらしい。
果たして透明標本化することができるか!?
5)サンプリング旅
冨田さんは作品を作ることはもちろんだが
作品にする生き物を集めに行く旅が大好きだと語る。
例えば、漁港に出かけて…
漁師さんが獲った魚の中には
食用や売り物にならない魚が数多く含まれている。
しかし、冨田さんの”狙い”はこの中にある。
このように海に出かけて作品する魚を確保してくるのが
ライフワークとなっているとのこと。
とにかくフットワークの軽い冨田さん。
以前、ヤフーニュースに
「静岡でハリセンボンが大量発生」という記事が載った時は
即座に静岡の漁港に片っ端から問い合わせを行い、
他の仕事を休んで翌日には現地に向かっていたという。
そしてハリセンボンをGET!(本当に大量発生だった)
(作品に使うもの以外は海に帰したそうです)
生き物が「新鮮」である方が透明標本は美しく仕上がる。
冨田さんの行動力が作品の高いクオリティを支えているとも言えそうだ。
6)「透明標本を持ってきて!」
透明標本を持って来場してくれたお客さんには
冨田さんからグッズのプレゼントが…!
ここで第1部終了。
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【展示紹介その2】
休憩時間を利用して残りの展示作品を観覧。
値段は2000円台から20,000円が中心。
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【第2部】
後半はカルカルではすっかりお馴染みとなったこの人、
北里大学海洋生命学部の三宅裕志先生が登壇!
三宅先生はクラゲと深海生物を主に研究している。
冨田さんは北里大学水産学部(現・海洋生命学部)の卒業生であり、
三宅先生は北里大学海洋生命学部の講師であるが、
冨田さんの卒業と三宅先生の赴任がちょうど入れ違いになる形で
残念ながら大学での接点はなかったと言う。
二人が初めて出会ったのはクラゲ関連のオフ会だったらしい。
小原「研究者の立場から見た透明標本をどう思いますか?」
三宅先生>>
小さな生物やヘビのように骨の多い動物は
骨格標本を作ることが非常に難しく
それを見ることができるという点で非常に素晴らしい。
しかも、肉がついた状態で透かして見ることができ、
硬骨と軟骨の付き方まで一目で分かってしまう。
特に研究側として有難い点として、
解剖が難しい卵の中での発生状態や成長過程を
調べられることが挙げられる。
そして透明標本の最大の長所は
自分の手に取って様々な角度から観察できること!
小原「では、作品として、アートとしてはどうですか?」
三宅先生>>
生き物は非常に綺麗で美しいものである。
それは生物がそれぞれの環境で生き延びるために
最も洗練された機能的な形をしているからだ。
透明標本はその洗練された造形美や機能美を
そのまま保存する方法である。
見た目の美しさから人の目を惹くので
従来の骨格標本やホルマリン漬けの標本よりも
「あ、この生物はここがこうなっていたんだ!」
と気づいてもらえる機会も格段に増えると思われ、
単にアートとして見て楽しむだけでなく
生命の素晴しさや凄さを知ってもらう
良いキッカケになってくれれば非常に嬉しく思う。
三宅先生は透明標本の素晴らしさを認める一方で
商品として流通してしまうことに一抹の不安も抱いていた。
透明標本が今以上のブームになると
コレクターが「あれも!これも!それも!」と欲しがり始め、
その結果として、作品を作るために
小さな命がむやみやたらに止められてしまうようなことは
決してあってはならないと警鐘を鳴らす。
冨田さんもその辺りの”危うさ”は十分に認識した上で
日々の活動を行っているとのことだが、
自らの作品を物流に乗せるということは
作品に込めた想いや考え方も同時に手放すことでもあり、
それがもたらす結果についての責任が問われてくる。
冨田さん自身が生き物の命を止めなくても
心ないコレクターが希少生物を次々に殺して
「透明標本にしてください!」と
冨田さんの元に持ちこむ可能性だってあるのだ。
また、もともと研究目的で採集された貴重な生物が
役目を終えて合法的に冨田さんの元に辿り着いたとしても
第3者にはそれらの事情が分かるはずもなく
「研究目的で採集された生物の標本が売られている!」
などといったトラブルにも発展しかねない。
三宅先生はこれらの対策として、例えば
「この生き物はどのようにして標本化されたのか」
を示す証明書をつけるなどの提案をしていた。
ブームの裏に潜むこういった問題や懸念事項は
透明標本に興味を持ち、透明標本を楽しんでいる我々も
心のどこかに置いておかなければならないのかもしれない。
最後に、三宅先生から冨田さんへ
「透明標本は研究手法としても作品としても素晴らしいので
是非、良い方向でアーティストとして花開いていってほしい!」
とエールが贈られてイベントが終了!
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【まとめ】
カルカルの店内に所狭しと並んだ数々の透明標本はどれも
従来の標本のイメージとは全くかけ離れた美しいものばかり。
しばし時を忘れて冨田さんの作品に魅入ってしまった。
大自然が作り出した”究極の造形美”を見つめることができ
生命の大切さや凄さを実感させてくれるイベントであったと思う。
(ライター・GAMA)